前回の大腿骨近位部骨折に引き続き、今回も高齢者の骨折について話をします。人は年齢の上昇とともに転びやすくなります。高齢になりますと下肢の筋力低下に加え、視力の低下、判断力の低下(危険の回避)など、より転倒しやすい状況になってきます。昔は越えられた何でもない床の段差に脚をとられることも少なくありません。さらに加齢からくる骨粗鬆症も基本にあるため、ちょっとした転倒でも骨折を生じる場合が少なくありません。今回は手首の骨折について紹介します。
1 橈骨、手関節とは?
手首とは手関節のことで、前腕部の橈骨と尺骨(しゃっこつ)と手の小さい骨(手根骨)より作られる関節です(図1)その動きは伸展(伸ばす動き)と屈曲(曲げる動き)、に加え、回外(手のひらを上に向ける動き)、回内(手を伏せる動き)に関与します。転倒の際には、より大切な臓器である頭、頚、顔面の損傷を避けるため、とっさに手のひら(手掌)を着き、大事に至らないことがしばしばありますが、骨が弱い高齢者では手首の骨折を生じることが少なくありません。
2 発生の多い年齢
全国調査は行われていませんが鳥取県や佐渡での大がかりな調査が行われています。
これらによりますと
A 男性では加齢に伴う発生の増加はない。
女性では50代後半より発生が上昇し70代前半が最も多く、80代ではむしろ少なくなる。
B 屋外での受傷が多い。
上記のA、Bからしますと、この骨折は歩行ができ、外出の機会が多い「比較的運動能力が高い人」が受傷することがわかります。一方、大腿骨近位部骨折の受傷ピークは80代ですが、屋内での受傷が多く、外出の機会が次第に減少している人に多いということが推測されます。年齢がさらに高齢化しますと、外傷を防御しようとする運動能力が低下し、転倒時に手を着くこともなく、直接大腿部をぶつけたり、頭を打つ機会が多くなりますので、日頃から筋力を低下させない運動やバランスを保つ運動が大切になってきます。
3 骨折の症状
手をついて転倒し、手首に腫れと痛みが続くようであれば骨折があるものと考えます。特徴であるフォーク様の変形*)(図2)がみられれば骨折の確率が高く、整形外科への受診が必要となります。
また、抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を服用している場合には高度の腫れと皮下出血をみる場合が
少なくありません(図3)。
*)転倒時は手のひらを着く機会が多く、遠位(体幹から遠い橈骨遠位端)は背側転位(手の甲へのズレ)示す骨折型が多い。この様な骨折はコーレス(Colles)骨折と呼ばれる(図4)。
4 骨折の治療
保存治療(手術をしない治療)を原則とします。しかし、転位(ズレ)の大きい例やその他、社会的背景(利き手か非利き手か、家事や趣味の作業が多いかどうか、など)を考慮し、最近は手術を選択する例が増えています。
骨折による変形を遺さない事が大切であるのはもちろんですが、一般的に高齢者では多少の変形が残存しても、手が使えなくなるほどの後遺障害とはなりません。
A 保存治療
転位が比較的少ない場合や、徒手整復によりまずまずの形にもどったものはギプスによる治療が一般的です。ギプスによる固定期間は概ね4週間ですが粉砕骨折や尺骨骨折を伴うものは期間が長くなります。通常は肘下から手部までのギプスですが、回内・回外、せっかく整復した後、再度ずれる心配がある場合には肘上のギプスとし、肘関節の固定も必要となります。手関節を動かせないため、はずした後には積極的なリハビリテーションが大切です。
B 手術
転位の大きな骨折、関節におよぶ骨折(関節内骨折)では手術治療を選択する場合が多くなります。最近では金属プレートを使用した手術法(図5a)が一般的ですが創外固定術(図5b)や鋼線固定術も行われます。
5 橈骨遠位端骨折は生命予後と関連するか?
高齢者の骨折として知られる大腿骨近位部骨折、脊椎圧迫骨折は臥床を強いられます、このため、骨折そのものは治癒しても、日常生活行動(ADL)が急速に低下し生命予後を短くすることが指摘されています。一方、橈骨遠位端骨折は生命予後には関係しないとされています。
6 骨折を防ごう!
A 橈骨遠位端骨折の危険因子
1)骨密度減少:最も大きな危険因子です。日頃より骨のケアが大切です。
2)歩行:歩行頻度が高く、かつ、歩行速度が速い人ほど転倒のリスクが上がるとされます。
3)過度の飲酒:お酒の飲み過ぎは直接転倒に関係するほか、中枢神経や末梢神経に悪影響を及ぼします。
4)栄養:カルシウムや動物性蛋白質摂取の不足が骨折リスクを高めるとされます。
5)視力低下:高齢者では白内障が多く、つまずきのリスクが高まります。
B 運動療法
転倒予防には運動が大切です。足腰が弱くなり転びやすくなる状態はロコモティヴ症候群といって、最近では広く認識されるようになりました。ロコモティヴ症候群予防の一つに「ロコトレ*」があります。運動療法はただ、沢山やるのではなく、翌日に痛みや疲れを残さない程度に「毎日行う」ことが大切です。
*「ロコトレ」は日本整形外科学会ホームページをご覧下さい。
C 骨粗鬆症治療薬
薬による骨折の予防も期待できます。高齢者では骨粗鬆症治療薬を使用しているケースが多いようですが医師と相談し、自分にあったものを使用しましょう。
D 向精神薬
安定剤を入眠薬として使用しているケースが少なくありません。安定剤は筋弛緩作用も併せ持ち、夜中にトイレに行く習慣のある方は、眠前の使用が転倒のリスクを高めます。転倒の経験がある方には睡眠薬・降圧薬(血圧を下げる薬)の見直しも、転倒のリスクを下げることにつながります。